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ナショナリスト連合がもたらしたもの

ところで、ナショナリズムが高まり、ナポレオンが表舞台から去った後のヨーロッパは、その後どうなったのでしょうか。そこでは、ナポレオンのように全ての国を呑み込むうねりを二度と招かないことが至上命題となりました。その結果、ヨーロッパ各国の間では、全体のバランスが保たれる「勢力均衡」(Balance of Power)と呼ばれる状況が生まれたのです。

勢力均衡は、大小にかかわらず、各国が既存の国境線に沿って独立を維持することを可能にしました。それは何よりも各国の独立性を重視したもので、外部からの影響を受けにくい状態は、どの国のナショナリストをも満足させるものだったといえます。

しかし、各国が自国の利益を最優先にすれば、お互いに「利益を分け合う」という発想には行き着きにくくなるため、利害対立はより深刻になりやすくなります。ところが、ナポレオン戦争後、戦争はあっても、ヨーロッパ全土を巻き込むような大規模なものは影を潜めました。

19世紀を通じて各国でナショナリズムが高まり、「自国第一」が主流になっても、各国間での摩擦や対立が深刻化しなかった背景には、大きく二つの要因がありました。第一に、かつてのナポレオン帝国にように全体を呑み込むような勢力(例えば19世紀半ば以降のロシア帝国)が台頭すると、それと対立する側に英国がつき、全体のバランスを保ったことです。もちろん、英国は好意でそれをしたわけでなく、各国が独立して自由貿易が維持されることが、最大の工業国だった英国自身にとって最大の利益だったからです。

第二に、当時本格化し始めていた植民地支配も、ヨーロッパの安定につながりました。つまり、ヨーロッパ各国は、自国の利益を守ることを重視しながらも、お互いに争うことを避けるため、狭いヨーロッパの外を各自が支配することで、それぞれが成長する土台を手に入れたのです。いわば「紛争なき発展の余地」をアジア、中東、アフリカに見出したことは、ヨーロッパ諸国のナショナリズムが正面衝突するリスクを軽減させたといえるでしょう。

ただし、いくら世界が広くても、切り取る土地には限界があります。植民地分割が終わりに近づいた20世紀初頭から、残り少なくなった勢力圏をめぐる各国間の争いは激化。それはちょうど、英国が工業生産力で米独に抜かれ、かつての「バランサー」としての役割を果たせなくなっていた時期でもありました。その結果、最終的にはバルカン半島をめぐる争いから、

1914年に第一次世界大戦が発生。植民地分割の完成と勢力均衡の崩壊は、ナショナリズムの歯止めを効かなくして、再び大きな戦争をもたらしたのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーーー

https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170429-00070436/