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挑発

得意な人々も多い。

特にブラックな職場に、挑発行為が基本的対人スキルとして装備されている人々が多い。

相手にしない、スルーする、挑発を受けた際の基本的対応はそれに尽きるのだが、一言で言うならそうした職場は「環境が悪い」または「空気の悪い場所」と言い表すべきかも知れない。

何らかの目的が明確にあれば一定程度は誰でも度重なる挑発に対しては対応出来るものだが、誰にでも限界というものがあり、限界を超えて度々の体調不良に悩んだら環境調整を諦めて退職する選択肢があることを教えないなら、人間を物として見る視点から職場環境を判断しているのかも知れない。

我慢をすることも大切かも知れないが、限度のない我慢を強要するのがパワーハラスメントと呼ばれる嫌がらせ行為であるので、我慢は一面的に必要なだけであることも同時に理解しておくべきだろう。

誰が自殺しても私の勤務先でなければ実害は無いので構わないのだから、我慢したい人は勝手に我慢していれば良いのだが、度重なる挑発に我慢がならずに反撃に出るのも手なので、退職前にはマスコミに証拠を纏めたうえでリークするのも対抗手段だろう(自殺までしなくても、どうせ退職しちゃうんだろ?)。

しかし、身近な人々を観察してきて思うのは

(その病み歪んだ対人スキルを、貴方は、いつ、どこで、誰から学びましたか?)

との疑問だ。

挑発行為ならば私自身も非常に得意ではあるし、挑発的言動ならば私自身は日常茶飯事で、もはや息を吐くのも毒を吐くのも一緒というべきレベルであるので、そうした理由から対人関係を極限まで控えに控えてプライベートを充実させる方向に持っていくように日々努力は怠りない。

しかし私が、いつ、どこで、誰から、そうした病み歪んだ対人スキルのあり方を学んだものかは内緒にしておいて欲しいと祈り願い望む人々が意外と多いのが現実だ。

例えばハラスメント、一日に一度だけ、「そんな言い方はしないで下さい、それはセクハラです!」と注意を促すのならばハラスメントには当たらないかもしれないが、毎日続けて勤務の都度一時間置きに同じ言葉を言い続けて叱責を続けるなら、それは最早ハラスメントだろう。

以前、不登校児童に対して保護者が心配の余り、連日に渡り児童の不登校を叱責し続けて児童生徒の自殺を招いた例があったが、保護者は児童の不登校理由には全く思い至らなかった様子で、学校でイジメにあっていた児童は家庭でも保護者からイジメられて死を選んだと言うのが真相だったらしい。

これは学校でイジメが起きていたと同時に親もハラスメント加害者だった例だろう。

職場と学校の語を入れ替えただけでも充分に第三者からは理解を得やすい例だが、保護者を配偶者と語を入れ替えただけでも非常に理解を得やすい話だ。

特にハラスメント加害者が理解していない点として、怒ることと叱ることは全く違う行為であり、人は怒っていても誰をも叱責しないなどは良くあることだ。

何に対して怒っているのか?、怒りの矛先を間違え続けると死者が出るものだ。

私事だが、殺人鬼とも呼ぶべき社会人など珍しくもない。

イジメは見て見ぬふりをするのもイジメだと言うのならば、ブラック企業で働いていながら過労自殺の起きた職場などがあるということは、殺人集団が跳梁跋扈する会社がざらであることに他ならないだろう。

何故だろうか、コメントしづらい日記ばかりだ。