カウンセラーとセラピスト

カウンセラーにはカウンセラーのプライドがあって、似て非なるセラピストという存在に何やら対抗意識を持っているようだ、と思ったお話です。

先日、2級心理カウンセラーの資格を取りに行きました。

内容は興味深い部分もあれば「ふーん」で終わる部分もあり。初心者向けですから、広く浅く、です。

先日から気になっていた箱庭療法もカリキュラムに組み込まれていました。張り切って手を上げて個人制作をさせてもらったまではいいですが、予想以上に気持ちが入り、深層心理がそのまま箱庭に表れてしまい、みんなの前で説明しながらボロボロ泣き出す羽目に。年末頃にヒプノセラピーを受けた体験も話すことになりました。

何やら講師の人に心配されてしまったのか、私だけ居残りしてカウンセリングを受けることに。

自分が今後どうしたいか、そうなるためにはどうすればいいか。対話をしながら箱庭の中で物語を進めて行くのですが、このカウンセリングがどうも要領を得ない。

結論は分かっている、そこにたどり着く方法がないから困っている、対策も分かっている、でもその対策を打つのに苦労している……堂々巡りの八方塞がりです。

「じゃあこうしたらいいですよ」「そうですね、やってみます(それができたら苦労ないわ)」

と、こうしてモヤモヤしたままカウンセリングが終了しました。おそらく講師の人も、失敗したと分かっているのでしょう。微妙な空気が流れました。

問題はカウンセラーの能力なのか、相性なのか。講師をしているくらいですから、それなりの知識とキャリアを持った人だと思います。が、それとカウンセラーとしての手腕は別物のようです。

今思えば、私がヒプノセラピーの体験を「衝撃的だった」と語ったのが、カウンセラーとしてのプライドと対抗意識に火を点けてしまったのかもしれません。セラピストにそれができるなら私だって、と自分の力量を見せたくなったのではないかと思います。

カウンセラー同士にも派閥があって、それぞれ使う手法が限られているそうです。本来ならクライアントに合わせてあらゆる手法を駆使すべきですが、派閥のプライドやこだわりが邪魔をして、現実にはそうはいかないのだとか。

カウンセリングは外側から思考を矯正する、セラピーは内側から心を矯正する。うまく使い分けないと効果がないということを実感したしだいです。